ちょうど1年前のこと。

「半月分の食料ってこれでほんまに足りるん?」
「靴下ちゃんと2足ずつ入れた?」
「ファストエイドキットどこ入れるん?」
出発日当日になっても尚荷造りに追われる癖はいつになったら治るのだろうか。
とはいえ今回は半月も下山せずに山を歩き続けるわけで。
未だかつて無い経験故にこれもまぁ仕方ないと言い聞かせる。
ここ1週間は買い出ししては、軽量化のために詰め替え作業をしたり、余分な部分を切り取ったり。
1gでも軽くするために、それでいてストレスにならない程度に。
今までの経験や、ネットで調べた情報を参考に思考を凝らして準備を進めてきた。
それでも40日にも及ぶ縦走の参考記録など乏しく、経験と言えどたかだか1週間程度の山行が人生で最長。
こころに至っては登山歴2年、1泊2日がこれまでの最長。
何もかもが未知数で手探り状態だ。
「これはかずのに入れるで。」
「こっちはここのに。」
一通りチェックリストの確認が済んだら、只管にザックへと荷物を詰めていく。
それと並行して北アルプスと中央アルプスの間、もしくは中央アルプスと南アルプスの間で郵便局留めで送ってもらう心算の物資も準備せねば。
「え、もう夕方やん。」
「やばーい!バス間に合うん?」
「最悪初日のテン場で整理しよ。詰め込めー!」
そんな調子でなんとか荷造りを終え、車へと乗り込んだ。
仕事帰りと思しきクールビズ姿の人。
おしゃれ着を身にまといほろ酔いな人。
学校帰りか塾帰りか、学生鞄を抱える人。
まるで波のように人が行き交う、夏ももうすぐさかりな大阪駅の夜。
そんな都会の喧騒に似合わぬ如何にも山にいそうな服装。
そこにそれぞれ25kgと30kgのザックを背負い、縦にも横にも幅をとるせいで周りの人々に気を遣う。
「うぅ…重すぎやぁ」
なんて隣でこころが嘆いとる。
「明日からこれ背負って山なんやで?エスカレーターでもエレベーターでも使える街中でヘコたれとってどーすんねん。」
そんなやりをしながら梅田スカイビルにあるピンクの夜行バス乗り場を目指して歩く。
普段よりも果てしなく遠く感じたバス乗り場に着いたのはバスの発車時刻直前。
僕たちが乗る富山駅行きのバスの改札はすでに始まっていた。
学校は夏休みシーズンに入り、夏山シーズンもまさにこれからという時期。
大阪駅とは違いここでは浮いた感じもないくらいには山仕様な人の姿がちらほら。
あの人達も僕らと同じく明日からの山行なんやろか?
どこのエリア登らはるんやろ?
そんなことを考えながら、光が流れる夜の高速の景色を見ながら眠りにつくのであった。

夜明け前の富山駅は、高湿でジメジメと蒸し暑い大阪とは違い、少し涼しいくらいだ。
朝4時の駅前では同じバスから降りた登山着姿の人達、スーツケースを持った帰省客がまばらにいて、各々時間を潰している。
始発の時間まではまだしばらく時間がある。
「ローソンあったはずや。」
今日の朝、昼2食分を調達するべく少し歩いてコンビニへ向かう。
そこにもどこから来たや判らぬものの大きなザックを背負って登山着を身にまとうグループ。
その姿にだんだんと山に近づいてきたんやなと、気持ちが高ぶってくる。
「あの人達はどこの山行くんやろ?一緒かな?」
「今から登るルート登る人ほとんどおらんはずやからちゃうと思うで。多分立山とか劔ちゃう?知らんけど。」
「そっかぁ。おんなじやったら楽しいのにね。」
「せやなー。」
今日僕たちが登るルートは栂海新道と呼ばれる北アルプス最北端のルート。
登りよりも下りに使われることが多く、かつ長い行程なので立山や劔、表銀座裏銀座、雲の平、そして上高地や槍穂高といったエリアと比べると登山者は格段に少ない。
近年多少は増えてきた(らしい)とはいえ1日に数組出会うかどうかかなぁと予想している。
山に入ると2週間は下界には下りない行程ということもあり、こころの朝昼ごはん選びは難航した。
「シーチキンもいいけどこれも美味しそう。あークロワッサンも食べたい。」
しばらくコンビニもスーパーもない世界で暮らすとはいえ、ちゃんと食料持ってきとるんやけど。
なんて言うたら「そういう問題じゃない!」って言い返されるに決まってる。
まあ、迷う気持ちもわからんでもないし。
時間もまだ余裕はある。

なんとか買い物も終わり、駅へと戻ると少し人影が増えていた。
券売機で親不知までの切符を2枚購入し、改札へ向かう。
「あれ?」
「あ。」
「自動改札ちゃうやん。しかも人もおらん。」
「どーするんやろ?」
「車内で検札かな?ま、人入っていってるし、とりあえずホーム行こか。」
不慣れな有人改札、それも始発となると勝手が判らないのは仕方ない。
無人の改札を抜け、階段を登り、既にホームに入っていた電車へ乗り込む。
長距離移動と、ヘビー級バックパックを背負い歩き回った疲れか、腰かけるや否や眠りに就くのであった。
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